「桐島2」としてのあまちゃん そして「あまちゃん2」について

ここからの記事はですね、本編が終わる数日前に書き始めて、どうにも手が付けられずに
結局本編が終わっちゃったという、完全に、機を逸した感のある文章なんですけども
このままだと「ごちそうさん」が始まっちゃうんで、今のうちに、なんかね、形にします
以下、既に書いてた部分
 
やー、先日ですね、あまちゃんが終わるのがさみしすぎてですね、見たんです、桐島
そしたらですね、入間しおりんこと松岡茉優ちゃんが演技うますぎで、本気で嫌がられて
「なんだあのビッチ!」「いやいや、俺の好きな女優だから」みたいなケンカになりました、本気で!
家庭内不和になるくらい演技がうまいってすごくないですか… しおりん最強伝説の幕開けや…
GMTの戦いはこれからだ!太巻先生の次回作にご期待ください!
<完>
 
じゃなくてですね、いや、桐島からあまちゃんにたくさん出てる、とは知ってたけど
ここまで出てるんだ!というのを再確認してビビったんですよ ホントいっぱい出てる
皆さんご存知かと思いますが、一応まとめますと
 
橋本愛 思わせぶりなおかっぱ<桐島> →潮騒のメモリーズの元ヤンの方<あま>
松岡茉優 キスビッチ<桐島> →海はないけど夢はあるリーダー<あま>
東出昌大 キスビッチの彼氏<桐島> →若き日のゴーストバスターズ<あま>
落合モトキ パーマ<桐島> →若き日のプロミス上司<あま>
太賀 不憫なリベロ<桐島> →アキの独特の間をカウントする助監督<あま>
佐藤王宝 映画部一年<桐島> →話し合いの結果推し変する小野寺ちゃんヲタ<あま>
前野朋哉 「おっまたー」<桐島> →君でもスターだよのAD(肉肉亭)<あま>
 
というわけで、ともかくいっぱい出てる そこにそんないい人ぶっこむ?みたいな人まで入れてる
ここまでやると、もはやこれは偶然でなくて、キャスティングになんらかの意図があるな、と思いますよね
今が旬の若手俳優に、朝ドラという実績を積ませてあげよう、というだけじゃないサムシングがありそう
で、なんでだろう?と思いながら桐島を見ていたわけです
 
で、ここから今書く部分 大していろいろ書いてなかったですねw
んで、結局、桐島とあまちゃん、何が共通しているか、という話なんですけども
ここから、桐島とあまちゃんのネタバレになるので、一応「続きを読む」にしますけども
両方、アイデンティティの模索の話だな、と思ったんですね
桐島は、桐島という一人の絶対的な存在が不在になることで、周りの人間がアイデンティティを揺らされる
そこで「自分はいったいなんなんだ?」っていうことを問い直される、という
同時に、桐島なんか全然関係なく、好きだから好きなことをやるんだよ!という映画部が描かれる
そんな彼らも、映画で生きていくわけではない、でも、でも好きなんだ!
という表明を見て、ビッチの彼氏はさらに揺れる、問い直す、と すっげーざっくり書いてますけど
なんか自分が定まらない高校生時代というものを、焦ったり不安がったり怒ったりする、そんな感じで描いてる
誰でも経験したことのある(している)感覚なんじゃないかと思います だからいろんな心に刺さったわけだ
 
で、あまちゃんは、アキのアイデンティティ模索の話でもあるんだけど、これがまとまんないw
「地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華もないパッとしない」自分、というものを北三陸の海底に捨てた
じゃあ、どうしよう?というところで、海女になりたい、潜水夫やりたい、アイドルになりたい、女優になりたい
んでやっぱり北三陸に戻りたい、ということで、まあ、もう、右往左往するわけです
最終回まで見ても、結局アキが、何者になったかは描かれていない 一応、地元のアイドルだけども
それは2012年の彼女の場合、職業ではなくて称号、という感じですよね
で、それはユイちゃんもそう 東京でアイドルになりたい自分、という自己定義を、父の病と母の失踪で見失った
それから迷走に迷走を重ねる 今は、結局彼女はフリーターでしょ スナックの臨時雇いやってるだけ
アキユイコンビ、フリーターというか、ニート一歩手前な女の子たちなんです、言ってみたら
でも、なんつーか、希望に満ちている 「プロちゃんにはなりたくねえ」って言い切る
迷いなく、不安定でいるわけです そこで安定して、最後には笑顔で走っていく
 
自分が何者か、ということをずっと問い続けていたのは、春子もそうだった
東京に行って、アイドルになりたい、その夢は、寸前まで掴みかけた
でも、一人の女優のステップアップのために、春子の夢はつぶされたわけです 自分でつぶした、のかもしれない
その経緯を知る人と一緒になって、子供を作って、母としての自分になったものの
なんだか違う、旦那ともうまくいってない、私は本当にこれでいいのか?
そうやって、問い続けているところに、自分が捨てた(自分の夢を捨てた)母親の危篤を知った
自分のルーツを、無意識的かもしれないけど、たどりに来たんですよね、春子は
んで、結局、「自分が何者か」が非常に強く揺さぶられ、壊された出来事が明らかになっていき
運命のいたずらから、その揺さぶった存在ともう一度出会い、そして、それぞれの過去を共有する
最終的には過去の自分(若春子の生霊)が消え、それぞれに仕事のパートナーとしてもう一度やり直す
春子のアイデンティティの模索の話でもあったのだ、と思います
 
他のあまちゃんの登場人物、特に北三陸の人たちは、みんな何かのプロ、職業人、大人なんですけど
でも、どっかでずっと何かのアマである、という要素も持ち合わせている、ように描いていると思う
海女クラブの皆さんがすぐにコスプレしていろんなことをやりたがる、というのも象徴的だし
よく考えたら、海女クラブの皆さんって、別に海女がメインの仕事でもないわけですよね
それぞれの自分がありながら、観光用の海女さんという仮面をかぶれる存在でもある
なんつーか、「自分」の定義のあり方が自由なんじゃないだろうか
 
アキや春子が、北三陸を訪れることで救われたのは、北三陸のみんなのアマ性とプロ性のバランスによって、かも知れない
そんなことを考えながら、もう一度、桐島を考えてみると、あの息苦しさがまた胸に迫ってくる
学校という閉じられた社会の中で、自分の位置取りを確保しながら、誰かの位置取りと比較なんかして
でも、その学校という閉じた社会から外に出たときに、じゃあいったい自分はどうなるんだ?と恐ろしくなる
恐ろしくて仕方ないから適当にバスケやったり彼氏の話したりしてる、息が詰まる
その息詰まり、行き詰まりをぶっ壊してやれゾンビども!というのが、クライマックスなのかもだけど
哀しいけどコレ、妄想なのよね…
 
桐島は、学校という閉じた社会の中で、自分が自分であることを問い直される閉塞感を、若手俳優を使って描いた
あまちゃんは、広い北三陸の空の下で、あまちゃんでいいから好きにやれ!そしたらなんとかなる!という信念を
超絶にベテランの俳優さんに、若手の有望株を混ぜて描いていた、そんな感じがするんです
ある意味で、桐島とあまちゃんは、テーマが似通っている
そういう意味では、あまちゃんは桐島2、という、まぁ乱暴なこともちょっとは言えるわけです
テーマ性と同時に、配役が、どう考えても意識してる、と思えるから
だって、桐島で神木くんが言ってなかったっけ?多くのゾンビ映画はロメロの変奏曲だ、みたいなこと
そう考えたら、あまちゃんも、桐島の続編であり、ゲゲ女へのアンサーであり(映画版の水木サンはクドカンだった!
さらに言うなら、バックトゥーザフューチャーの、スターウォーズの、いやオデュッセイアの変奏曲であり
ぜぇぜぇはぁはぁ…ということになるわけで、オデュッセイア読んでないんですけどね
 
だから、個人的には、あまちゃん2はいらない、と思ってる
桐島2を誰も望んでないでしょ?いや、望んでる人がいるとしたら、やめとけ!って思いますし
ゲゲ女だって、ゲゲゲロス、とか言われたけど、「いちごとせんべい」という超番外編しか作られなかった
ゲゲ女は、「自分がやらずにおれんことをやってきた」奇跡の男を描いた作品でして、水木サン=アキちゃん、とも言える
ゲゲ女の正統的な続編はなかったけど、あまちゃんという作品が出来たこと、俺はすげー嬉しいんですよ
 
だからさ、あまちゃんがそれぞれの中に問いかけたことを、それぞれに形にして
それぞれがあまちゃん2を自分なりに作っていけば、それでいいんだと思うんですよ
そしてそれは、世界のどこかにある北三陸市のあんな人やこんな人にも届くかもしれない
そんな気持ちでそれぞれに続編を作っていったらいいんじゃないでしょうか
だから安っぽい続編はいらないですよ
 
と、全部書いてみたらタイトルに偽りあり、な感じになっちゃったけど、まあいいですよね
でもあれだ、もう、全然フォーマットを変えて、もう一回語りなおすとかなら、面白いと思ってます
それこそキャスト総入れ替えで舞台化とかしたら、それはそれでドキドキするw 話が長すぎるだろうけど…
あとは、今回の出演者の皆さんが、ホント、大活躍してくださったら、特にGMTの現メン&元メンたちが!
これほど嬉しい続編はないんじゃないかなあ
 
というわけであと4,5時間でごちそうさんが始まります 東出くんいつ出るのかな!
ドレだけ見るかはわかんないですけど、楽しみにしたいと思います!

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